ラフマニノフ「エレジー」の難易度は、全音ピアノピースの基準でD(中級上)。ラフマニノフ作品の中では、はっきり「取り組みやすい側」に入る曲です。
「いつかラフマニノフを弾いてみたい。でも手は大きくないし、あの分厚い和音に跳ね返されそう……」と、楽譜を手に取る前から尻込みしている方は多いのではないでしょうか。憧れの作曲家に挑んで途中で投げ出すのは、ピアノを続けるうえでいちばん避けたい経験です。
- エレジーは自分のレベルで弾ける曲なのか
- どこが難しくて、手が小さくても大丈夫なのか
- 何から練習を始め、どんな順番で仕上げればいいのか
この記事は、ショパンのノクターンやワルツを何曲か弾いたことがあり、「次はラフマニノフに挑戦したい」と考えている中級〜中級上の方に向けて書いています。難易度の結論→難所→練習手順の順に読めば、自分がいま挑戦すべきかどうかを判断できます。「初めてのラフマニノフ」を最後まで弾ききるための道筋を、一緒に確認していきましょう。
ラフマニノフ「エレジー」の難易度は中級上|各基準での位置づけ

ラフマニノフ「エレジー」の難易度は、中級上〜上級の入り口が目安です。全音ピアノピースではD、うきうきピアノ楽譜.comでは10段階の「5(中級)」とされており、どの基準でも「上級者専用」の扱いではありません。ここでは基準ごとの評価と、ほかの有名曲と比べたときの位置を整理します。
全音ピアノピースの難易度は「D(中級上)」
日本でもっとも参照されることの多い難易度基準が、全音楽譜出版社の「全音ピアノピース」です。A(初級)からF(上級上)までの6段階で、エレジーはD(中級上)に分類されています。
| 基準 | エレジーの評価 | 補足 |
|---|---|---|
| 全音ピアノピース | D(中級上) | A〜Fの6段階 |
| うきうきピアノ楽譜.com | 5/10(中級) | 演奏時間4分20秒〜5分30秒 |
| RAG MUSIC | 難易度低めのラフマニノフ作品として紹介 | 技術より表現が課題 |
テクニック面の難易度は中級上、表現面の難易度は上級――エレジーをひと言で表すなら、この組み合わせです。音を並べるだけなら到達できる人は多い一方、「ラフマニノフらしく聴かせる」ところに本当の難しさがあります。
ほかのラフマニノフ作品と比べた難易度
同じ全音ピアノピースで、ラフマニノフのほかの小品と比べてみましょう。
| 曲名 | 全音の難易度 |
|---|---|
| 前奏曲 嬰ハ短調「鐘」Op.3-2 | C |
| 道化役者 Op.3-4 | C |
| エレジー Op.3-1 | D |
| メロディー Op.3-3 | D |
| 舟歌 Op.10-3 | D |
| ヴォカリーズ(ピアノ独奏版) | E |
意外に感じるかもしれませんが、全音の基準では「鐘」のほうがエレジーより低いランクです。「鐘」は和音を大きく鳴らす場面が多い反面、音の動きがシンプルで譜読みがしやすいのに対し、エレジーは左手の分散和音と旋律・内声を同時に歌い分ける必要があります。指の速さではなく、声部の弾き分けで難しさが決まる曲だと考えてください。
ラフマニノフ作品全体の難しさや、ほかの入門曲についてはラフマニノフのピアノ曲が難しい5つの理由で詳しく解説しています。
ショパンと比べると「このあたり」
ショパンを弾いてきた方にとっては、ショパン作品との比較がいちばんイメージしやすいでしょう。Yahoo!知恵袋で「全音Dのエレジーはどのくらい難しいか」という質問に対し、ベストアンサーでは「中間部の重音以外は弾きやすい」「ノクターンOp.48-1よりはかなり易しい」という趣旨の回答が選ばれています。

目安としては、ショパンのノクターン(Op.9-2など)を1〜2曲仕上げたことがある人なら、十分に射程圏内です。
エレジーとは?19歳のラフマニノフが書いた「悲歌」

エレジー(Élégie/悲歌)は、ラフマニノフが1892年、19歳のときに書いた「幻想的小品集 Op.3」の第1曲です。調は変ホ短調、テンポ表示はModerato(中くらいの速さで)。演奏時間は4〜5分ほどで、発表会でも無理なく収まる長さです。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | エレジー(悲歌)変ホ短調 |
| 作品番号 | 幻想的小品集 Op.3 第1曲 |
| 作曲年 | 1892年(ラフマニノフ19歳) |
| 調・拍子 | 変ホ短調(♭6つ)・4/4拍子 |
| テンポ | Moderato |
| 演奏時間 | 約4分20秒〜5分30秒 |
| 同じ曲集の曲 | 前奏曲「鐘」、メロディー、道化役者、セレナード |
「エレジー」とは、もともと死者を悼む詩や、深い悲しみを歌う楽曲を指す言葉です。タイトルどおり、冒頭から沈んだ色合いの旋律が静かに流れ、中間部で感情が大きく膨らみ、最後は再び静けさへ戻っていきます。
同じ曲集には、出世作の前奏曲「鐘」がある
幻想的小品集 Op.3の第2曲は、ラフマニノフの代名詞ともいえる前奏曲 嬰ハ短調「鐘」です。1892年の初演で熱狂的な人気を集め、ラフマニノフの名を一気に広めました。
曲集全体は、ラフマニノフの作曲の師のひとりアントン・アレンスキーに献呈されています。
卒業直後、チャイコフスキーに認められていた時期の作品
エレジーが書かれた1892年は、ラフマニノフがモスクワ音楽院を卒業した年です。卒業制作のオペラ「アレコ」は翌1893年にボリショイ劇場で上演され、その実現にはラフマニノフの才能を高く評価していたチャイコフスキーの後押しがありました。
つまりエレジーは、若き作曲家が世に出ようとしていた、希望と不安が入り混じった時期の作品です。のちの交響曲第1番の失敗やピアノ協奏曲第2番での復活を知ってから聴くと、この若い「悲歌」の響きが少し違って聞こえてくるかもしれません。ラフマニノフの波乱の生涯はセルゲイ・ラフマニノフの嵐と詩の生涯でまとめています。
初めてのラフマニノフにエレジーが最適な3つの理由

エレジーが「初めてのラフマニノフ」に選ばれる理由は、速さで勝負する曲ではないこと、ラフマニノフらしさが短い曲に凝縮されていること、仕上げたときの達成感が大きいことの3つです。
理由① 速いパッセージが少なく、指の回りに頼らない
ラフマニノフの有名曲には、前奏曲Op.23-5やOp.32-12のように細かい音が高速で続く曲が多くあります。エレジーのテンポはModeratoで、旋律はゆったりと歌われます。
もちろん左手は動き続けますが、求められるのは「速く正確に指を回すこと」より「広い音域をなめらかにつなぐこと」です。指の回転に自信がない方でも、ゆっくり練習を積み重ねれば必ず形になるタイプの曲です。
理由② ラフマニノフらしさを「全部入り」で学べる
エレジーは短い曲ですが、ラフマニノフ作品を弾くうえで欠かせない要素がそろっています。
- 深いバス:小節の頭で響く低音が、和声全体を支える
- 内声の旋律:右手の上の音だけでなく、中の音にも小さな歌がある
- ロシア的な憂い:短調の中でふっと明るい和音に移る瞬間
- 大きなクライマックス:静けさから頂点へ、そして再び静けさへ戻る構成
エレジーでこれらの感覚を身につけておくと、次に「鐘」や前奏曲Op.23-4、ピアノ協奏曲第2番のソロ編曲などに進んだとき、驚くほど楽になります。
理由③ 4〜5分で発表会映えする
演奏時間は4〜5分と、発表会やコンクールの自由曲にちょうどよい長さです。中間部の盛り上がりは客席にもしっかり届き、「ラフマニノフを弾いた」という満足感も大きい曲です。
一方で、有名すぎる「鐘」ほどは弾かれていないため、聴き手に新鮮な印象を与えやすいのも魅力でしょう。【一次情報を追加:発表会・レッスンでエレジーを弾いた(聴いた)ときの反応や、エレジーを選んだ理由を1〜3文】
エレジーの難所4つと攻略のコツ

エレジーの難所は、①左手の広い分散和音、②♭6つの譜読み、③中間部の右手の重音、④クライマックスの和音の厚みの4つです。どれも「速さ」ではなく「響きのコントロール」が課題になります。
難所① 左手の広いアルペジオと跳躍
冒頭から最後まで、左手は広い音域の分散和音(アルペジオ=和音の音を1つずつ順番に弾く奏法)で和声を支えます。1オクターブを超える幅を行き来するうえ、低音から次の低音への跳躍もたびたび出てきます。
攻略のコツは次の3点です。
- 各拍の最初のバスだけを深く弾き、その上の音は軽く積み上げる
- 跳躍は「着地する音」を先に目で見てから動く。手より先に目を移す
- すべての音を同じ大きさで弾かない。左手が大きすぎると旋律が埋もれる
英国の雑誌「Pianist」の解説でも、左手を先に仕上げること、そして左手は静かに支えて旋律を浮かび上がらせることが強調されています。
難所② 変ホ短調(♭6つ)の譜読み
変ホ短調はフラットが6つ付く調で、楽譜を見た瞬間にひるむ方もいるでしょう。ただ、裏を返せば黒鍵中心のポジションで弾ける調でもあります。黒鍵は白鍵より手前に高く並んでいるため、手の形さえ決まれば意外と弾きやすいのです。
譜読みに入る前に、変ホ短調のスケール(音階)とアルペジオを数日弾いておきましょう。指が調のポジションを覚えてから楽譜に向かうと、臨時記号で止まる回数がぐっと減ります。
難所③ 中間部(Più vivo)の右手の重音
中間部に入るとテンポが上がり(Più vivo=より生き生きと)、右手に6度などの重音(2つ以上の音を同時に弾くこと)が続きます。先ほどの知恵袋のベストアンサーでも「中間部の重音が地味に難しい」と指摘されていた部分です。
ここは上の音(旋律)と下の音を分けて練習するのが近道です。まず上の音だけを歌うように弾き、次に下の音だけ、最後に両方を合わせます。手首を固めず、次の重音へ流れるように移動させる意識を持つと、ゴツゴツした響きになりません。
難所④ クライマックスの和音の厚み
中間部の頂点では、両手で厚い和音を鳴らして感情を爆発させます。ここで腕に力を入れて鍵盤を叩くと、響きが割れて乱暴に聞こえてしまいます。
手が小さくてもエレジーは弾ける?3つの工夫

結論からいえば、手が小さくてもエレジーは弾けます。ラフマニノフ自身は非常に大きな手の持ち主だったと言われていますが、エレジーは初期の作品で、後年の前奏曲や協奏曲ほど極端な広さの和音は求められません。届かない箇所は、次の工夫で対応できます。
工夫① 和音を素早く分散させる
一度に押さえられない和音は、下から上へ素早く分散(アルペジオ化)させて弾きます。ポイントは、分散させたことが目立たないくらい速く、かついちばん下のバスを拍の頭に合わせることです。
工夫② 右手と左手で音を分担する
左手の広い分散和音のうち、上のほうの音を右手が取れる箇所があります。楽譜に「r.h.」と書き込んで分担を決めておくと、跳躍の負担が大きく減ります。先生に相談しながら、自分の手に合った分担を探してみてください。
工夫③ ペダルで響きをつなぐ
手で音をつなげられない部分は、ダンパーペダル(右のペダル)で響きを保ちます。ただし踏みっぱなしは厳禁です。和声が変わるところで踏み替えないと、響きが濁ってしまいます。「和音が変わったら踏み替える」を原則に、自分の耳で濁りがないか確かめながら練習しましょう。
エレジーの練習ステップ|譜読みから仕上げまで

エレジーの練習は、左手から仕上げ、最後に全体の音量設計をする順番が効率的です。以下の5ステップで進めてみてください。
ステップ1:変ホ短調のスケールとアルペジオで準備
譜読みの前に、変ホ短調のスケールとアルペジオを両手で弾き込みます。黒鍵中心の手の形を体に覚えさせる段階です。
ステップ2:左手だけをペダル付きで練習
左手のパートだけを、ペダルを付けてゆっくり弾きます。この段階の目標は、左手だけで曲の和声の流れが聞こえること。バスを深く、上の音を軽く、の弾き分けもここで身につけます。
ステップ3:右手の旋律と中間部の重音を固める
右手は旋律をどこで息継ぎし、どこへ向かって歌うかを決めながら練習します。中間部の重音は、前述のとおり上の音・下の音を分けて練習してから合わせましょう。
ステップ4:両手を合わせ、中間部を集中的に
両手を合わせたら、まずは最も難しい中間部を重点的に練習します。テンポを落とし、左手のバスと右手の旋律の両方がはっきり聞こえるかを確認しながら、少しずつテンポを上げていきます。
ステップ5:通し練習で「静→熱→静」を設計する
最後に全体を通して、冒頭の静けさ、中間部の頂点、終盤の静けさという3つの場面の音量と色合いを設計します。録音して聴き返すと、クライマックスが早すぎる・静かな部分が単調、といった点に気づきやすくなります。
エレジーの前後に弾きたいラフマニノフの曲

エレジーをゴールにするのではなく、ラフマニノフの世界へ進む入口と考えると、選曲の見通しが立ちます。
エレジーの前に:ヴォカリーズで「歌う」感覚をつかむ
ヴォカリーズ Op.34-14は、もともと歌詞のない歌曲として書かれた作品で、ピアノ独奏版も広く親しまれています。全音ピアノピースの難易度はEとエレジーより上ですが、易しく編曲された楽譜も多く出版されています。旋律を歌わせる練習として、エレジーの前に取り組むのも一つの方法です。
エレジーの次に:同じ曲集の「鐘」「メロディー」
エレジーを仕上げたら、同じ幻想的小品集 Op.3から前奏曲「鐘」やメロディーに進むのが自然な流れです。とくに「鐘」は、エレジーで身につけた「深いバス」と「和音を叩かずに鳴らす」感覚をそのまま生かせます。
さらにその先に:前奏曲Op.23-4、楽興の時Op.16-5
次のステップとしては、前奏曲 ニ長調 Op.23-4や、楽興の時 Op.16-5が候補になります。どちらも旋律を幾重もの伴奏の上で歌わせる曲で、エレジーで学んだ声部の弾き分けがさらに磨かれます。
| 段階 | 曲名 | 身につくこと |
|---|---|---|
| 準備 | ヴォカリーズ(易しい編曲版) | 長い旋律を歌う |
| 入口 | エレジー Op.3-1 | バス・内声・旋律の弾き分け |
| 次の一歩 | 前奏曲「鐘」Op.3-2、メロディー Op.3-3 | 和音の響かせ方 |
| 発展 | 前奏曲 Op.23-4、楽興の時 Op.16-5 | 複雑な声部と長いフレーズ |
ラフマニノフ「エレジー」のよくある質問
ラフマニノフ「エレジー」について、よく寄せられる疑問をまとめました。
Q. ピアノ歴何年くらいで弾けますか?
年数よりも、これまで弾いてきた曲で判断するのがおすすめです。ショパンのノクターンやワルツを数曲仕上げた経験があれば、挑戦できるレベルです。ソナチネ程度の段階であれば、先にショパンの易しいノクターンなどを経由するとよいでしょう。
Q. 大人の再開組でも弾けますか?
弾けます。エレジーは速さより表現が求められる曲なので、指の回転よりも、音を聴く耳や曲の理解が生きてきます。大人になってからピアノを再開した方にこそ、向いている曲といえるかもしれません。
Q. 楽譜はどれを選べばいいですか?
国内なら全音ピアノピース「エレジー」が入手しやすく、1曲単位で購入できます。幻想的小品集 Op.3の全5曲をまとめて持っておきたい場合は、曲集版を選ぶとよいでしょう。
まとめ|ラフマニノフ「エレジー」は初めてのラフマニノフに最適
この記事では、ラフマニノフ「エレジー」の難易度と難所、練習方法を解説しました。冒頭の3つの疑問に答えると、次のとおりです。
- 自分のレベルで弾けるか:全音ピアノピースでD(中級上)。ショパンのノクターンを1〜2曲仕上げた人なら射程圏内
- どこが難しいか・手が小さくても大丈夫か:難所は左手のアルペジオ、♭6つの譜読み、中間部の重音、クライマックスの和音。手が小さくても、分散・分担・ペダルで対応できる
- 何から始めるか:変ホ短調のスケール→左手だけ→右手→両手→音量設計の順に進める
ラフマニノフ「エレジー」は、テクニックよりも「響きを聴き分ける耳」を育ててくれる曲です。そして、その耳こそが、ラフマニノフのほかの名曲を弾くときの最大の武器になります。【一次情報を追加:執筆者からエレジーに挑戦する読者への一言】
憧れのラフマニノフへの第一歩として、ぜひ「エレジー」の楽譜を開いてみてください。
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