ピアノは高齢者の脳トレになる?研究でわかったことと続け方

 

「ピアノは脳トレになるから、高齢者にこそおすすめ」。テレビや雑誌、ピアノ教室の広告で、こうした言葉を目にしたことがある方は多いのではないでしょうか。ご自身のため、あるいは親のために「ピアノで認知症予防ができるなら始めたい」と考えて検索した方もいるかもしれません。

ただ、「ピアノ 脳に良い」という情報の中には、研究の結果をかなり大きく言い換えたものも混ざっています。せっかく始めるなら、何が期待できて、何はまだわかっていないのかを知ったうえで、楽しく続けたいところです。この記事では、次の疑問に答えます。

  • ピアノは本当に高齢者の脳トレになるの?研究ではどこまでわかっている?
  • ピアノで認知症予防はできる?ほかの予防策との関係は?
  • 脳をしっかり使うには、どんな練習をすればいい?

この記事は医学的な助言ではありません。物忘れが気になるなど健康面の心配がある場合は、まず医療機関に相談してください。そのうえで、ピアノを「脳を使う楽しい習慣」として取り入れたい方に向けて、論文や公的機関の情報をもとに解説します。

目次

ピアノは高齢者の脳トレになる?結論は「期待はできるが過信は禁物」

高齢者がピアノを弾きながら楽譜を読んでいる横顔

結論から言うと、ピアノは高齢者の脳トレとして「期待できる活動」ではありますが、「ピアノを弾けば認知症を防げる」と言えるほどの証拠はまだありません。この2つを分けて理解しておくことが大切です。

期待できる理由:いくつかの研究で認知機能の検査成績が改善

海外では、ピアノを習ったことのない高齢者にレッスンを受けてもらい、受けなかった人や別の活動をした人と比べる研究が行われています。その中には、作業記憶(覚えておきながら考える力)や、注意を切り替える力などの検査成績が改善したと報告するものがあります。詳しくは次の章で紹介します。

過信は禁物な理由:規模が小さく、長期の効果は不明

一方で、こうした研究は参加者が数十人から百数十人程度と比較的小規模で、期間も数か月から1年程度のものが中心です。ピアノを続けた人が将来認知症になりにくいかどうかを長期間追いかけて確かめた研究は、現時点では限られています。また、改善が見られたのが「ピアノ特有の効果」なのか、「新しいことを学ぶ」「人と会う」といった要素の効果なのかも、はっきりとは分かっていません。

ソラ
じゃあ、ピアノを脳トレのために始めるのは意味がないってこと?
カイ
そんなことはないよ。頭も指も耳も使う活動なのは確かだし、楽しみながら続けられるのが一番の強みなんだ。ただ「これさえやれば大丈夫」と思い込まないことが大事だね。

研究でわかっていること|高齢者のピアノと認知機能の論文

論文の資料と楽譜を並べた机

ピアノと高齢者の認知機能について、代表的な研究を紹介します。いずれも楽器経験のほとんどない健康な高齢者を対象にしたもので、認知症の方を対象にした治療の研究ではない点に注意してください。

研究(発表年・掲載誌) 対象と内容 主な結果
Bugos ほか(2007年、Aging & Mental Health) 60代以上の高齢者を、6か月間の個別ピアノレッスンを受ける群と受けない群に無作為に分けて比較 ピアノ群は実行機能・作業記憶の検査で対照群より良い成績。一部は3か月後も維持
Seinfeld ほか(2013年、Frontiers in Psychology) 高齢者がピアノのレッスンと毎日の練習を4か月間続け(13人)、運動や絵画などほかの余暇活動をした群(16人)と比較(無作為割り付けではない) 注意や反応を抑える力の検査で改善。気分や生活の質の自己評価も向上
Bugos(2019年、Frontiers in Integrative Neuroscience) 60〜80歳を、グループピアノ・打楽器・音楽鑑賞の3群に分けて16週間比較(解析対象135人) 視覚的な探索と作業記憶の検査で、ピアノ群と打楽器群が音楽鑑賞群より大きく改善。両手を合わせる動きはピアノ群が最も改善
Marie ほか(2023年、NeuroImage: Reports) 健康な高齢者132人を、6か月間のピアノ練習群と音楽鑑賞の講座群に分けて比較 両群とも小脳など一部の灰白質が増え、小脳の変化は音の高さの作業記憶の改善と関連(練習量・睡眠も関係)。右の聴覚野はピアノ群で保たれた一方、全脳では両群とも加齢による萎縮が進行
Jünemann ほか(2022年、Frontiers in Aging Neuroscience) 楽器経験のない62〜78歳121人を、6か月間のピアノ群(週1回1時間のレッスン+毎日30分の練習)と音楽鑑賞・音楽文化の講座群に分けて比較 記憶に関わる神経線維の束「脳弓」が、講座群では減少し、ピアノ群では保たれた。保たれ方はエピソード記憶の成績や練習量と関連
積山 ほか(2021年、Human Brain Mapping/京都大学) 楽器未経験の高齢者66人(平均73歳)を、4か月間の鍵盤ハーモニカのグループレッスン群と待機群に無作為に分けて比較 演奏と直接関係しない言語記憶の成績が向上。簡単な記憶課題を、より少ない脳活動でこなせる「処理の効率化」も観察

出典:Bugos JA et al. (2007) Aging & Mental Health 11(4)/Seinfeld S et al. (2013) Frontiers in Psychology 4:810/Bugos JA (2019) Frontiers in Integrative Neuroscience 13:68/Marie D et al. (2023) NeuroImage: Reports 3(2)/Jünemann K et al. (2022) Frontiers in Aging Neuroscience 14:817889/Guo X, Sekiyama K et al. (2021) Human Brain Mapping 42

報告されている変化は「作業記憶」と「注意」が中心

上の研究に共通するのは、作業記憶(電話番号を一時的に覚えておくような、頭の中のメモ帳の力)や、注意を切り替える力の検査で改善が報告されている点です。ピアノは楽譜を読みながら次の音を準備し、両手で別々の動きをする楽器なので、こうした力を日常的に使っていると考えられます。

研究でよく使われる実行機能という言葉は、「計画を立てる」「やるべきことの順番を考える」「つい出てしまう反応を抑える」といった、物事を段取りよく進めるための頭の働きをまとめて指す言葉です。たとえば料理で、煮物を火にかけながら野菜を切り、タイミングを見て味付けをする、といった場面で使われている力をイメージすると分かりやすいでしょう。ただし、論文で改善したのはあくまで検査の成績であり、日常生活の困りごとがどの程度変わるかまでは、まだ十分に分かっていません。

「ピアノでなければならない」とまでは言えない

一方、2019年の研究では打楽器の群でも似た改善が見られ、2023年の研究でもピアノ群と音楽鑑賞の講座群の間で、全脳レベルの違いは確認されませんでした。つまり、研究から読み取れるのは「新しいことを学び、手や耳を使う活動を続けること」に意味がありそうだという程度で、ピアノだけが特別だとは言い切れません。それでも、家で毎日続けやすく、一生かけて新しい曲に挑戦できるという点で、ピアノは高齢者の脳トレの選択肢として魅力的です。

長く楽器を弾いている人は認知症が少ない?観察研究からわかること

「レッスンを受けると検査成績が変わるか」を調べる研究とは別に、楽器を弾く習慣のある人とない人のその後を何年も追いかけた研究もあります。国立循環器病研究センターなどのグループは2022年、こうした追跡研究3件(日本の高齢者約5万人を対象にした大規模調査JAGESを含む)をまとめて分析し、楽器を弾く人は弾かない人に比べて、その後5〜6年の間に認知症になるリスクが約36%低かったと報告しました(BMC Neurology、ハザード比0.64)。

ただし、これは「楽器を弾いていた人に認知症が少なかった」という関連を示したもので、「楽器を弾いたから認知症が減った」と証明したものではありません。もともと健康で活動的な人ほど楽器を続けやすい、という可能性も残ります。著者たち自身も、分析できた研究が3件と少ないこと、演奏の頻度や年数、楽器の種類までは調べられていないことを限界として挙げています。「期待が持てるデータは増えてきたが、まだ結論は出ていない」というのが、いまの正確な姿だと言えるでしょう。

出典:Arafa A et al. (2022) BMC Neurology 22:395

「ピアノで脳梁が太くなる」「海馬が若返る」は本当?よく見る話の出どころ

ピアノと脳の話題では、「ピアノを弾く人は左右の脳をつなぐ脳梁が太い」という説明をよく見かけます。この話のもとになっているのは、1995年にドイツのシュラウグ(Schlaug)らが発表した研究です。プロの音楽家は音楽家でない人より脳梁の前の部分が大きく、とくに7歳より前に音楽を始めた人で差がはっきりしていたと報告されました。

つまり対象は「子どもの頃から長年訓練を積んだ音楽家」で、高齢になってからピアノを始めた人の脳梁が太くなると確かめた研究ではありません。また、動画やブログで見かける「60歳以上の初心者が半年ピアノを習ったら海馬の働きが向上した」という話も、las-piano編集部で調べた範囲では、該当する研究を確認できませんでした。高齢の初心者を対象にした研究で実際に確認できるのは、上の表のような「作業記憶の検査成績が改善した」「一部の脳の部位が保たれていた」といった、もう少し控えめな結果です。

ソラ
動画で「ピアノで脳が若返る」って聞いたんだけど、言い過ぎってこと?
カイ
「頭を使う楽しい活動」なのは本当だよ。ただ、研究の中身を確かめると、話がだいぶ大きくなっていることがあるんだ。研究者の名前や論文が書かれているかを見るクセをつけると安心だね。

ピアノで脳を使うしくみ|目・耳・両手の同時作業

楽譜を読む目、音を聴く耳、左右の手の動きを示したピアノ演奏の図

ピアノが脳に良いと言われる背景には、演奏中に「楽譜を読む」「指を動かす」「音を聴いて確かめる」という複数の作業を同時に行う特徴があります。ここでは、練習中に頭の中で何が起きているのかを、やさしく分解してみます。

演奏中にしていること 使っている力のイメージ
楽譜を読み、少し先の音を準備する 見たものを覚えておきながら次の行動を考える(作業記憶)
右手と左手で違う動きをする 左右の手を協調させる、注意を配分する
出した音を聴いて間違いに気づく 耳で確かめて修正する
拍を数えながら弾く リズムに合わせて動きのタイミングを調整する

「二つのことを同時にする」活動としてのピアノ

国立長寿医療研究センターは、運動と計算・しりとりなどの認知課題を組み合わせた「コグニサイズ」という取り組みを開発し、認知症予防を目的として紹介しています(長寿科学振興財団「健康長寿ネット」より)。ピアノはコグニサイズとは別のものですが、「体を動かしながら頭も使う」という点では、共通する性質を持った活動だと言えます。

新しい曲に挑戦しているときほど頭を使う

ピアノで頭を使うのは、まだ弾けない部分に取り組んでいるときです。何年も弾き慣れた曲は、指が自然に動くので、楽しみとしては十分でも、頭をフルに使う練習とは少し性質が違います。脳トレを意識するなら、弾き慣れた曲を楽しむ時間と、新しい曲に挑戦する時間の両方を持つとよいでしょう。

新しい曲といっても、難しいクラシックの大曲である必要はありません。童謡や唱歌を両手で弾けるアレンジに変える、右手のメロディーに左手の和音を足してみる、知っている曲を別の調で弾いてみる、といった小さな変化でも、指と頭には新しい課題になります。

薬指・小指を動かすと、脳の広い範囲が働く

ピアノの大きな特徴は、5本の指をすべて使うことです。ふだんの生活では親指・人さし指・中指を使う場面が多く、薬指や小指を1本ずつ動かす機会はあまりありません。

大阪大学の青木朋子氏の研究(2004年の博士論文)では、指で机をすばやく叩く「タッピング」をしているときの脳の活動を、PET(陽電子放射断層撮影)という検査で調べています。人さし指で叩くときは主に指を動かす脳の領域(一次運動野・感覚野)が働いていたのに対し、薬指で叩くときや、薬指と小指を組み合わせて動かすときには、運動の計画に関わる領域や小脳など、より広い範囲で活動が見られました。また、ピアノの熟練者は一般の人に比べて、指ごとの動かしやすさの差が小さかったことも報告されています。

この研究の参加者は若い成人で、高齢者の認知機能を調べたものではありません。それでも、「動かしにくい指をコントロールしようとするとき、脳はより多くの仕事をしている」という点は、ピアノの練習を考えるうえでのヒントになります。ドレミファソを5本の指で順番に弾くだけのウォームアップも、薬指と小指を意識してゆっくり弾くと、立派な指先の練習になります。

好きな曲を弾くと、気持ちにも良い変化が

ピアノは頭だけでなく、気持ちにも働きかけます。カナダ・マギル大学のモントリオール神経学研究所のサリンプア(Salimpoor)らは2011年、好きな音楽を聴いて「ゾクッとする」ほど心が動いているとき、脳内で快感や意欲に関わるドーパミンが放出されていることを確かめました(Nature Neuroscience)。

前の章の表で紹介した2013年のスペインの研究でも、ピアノを習った高齢者は気分の落ち込みが軽くなり、生活の質(QOL)の自己評価も上がったと報告されています。「昔好きだったあの曲が弾けた」という小さな達成感は、次の練習への意欲にもつながります。脳トレの効果を数字で追いかけるより、まずは「弾いていて楽しい」と感じられる曲を選ぶことが、結果的に頭を使う時間を長くしてくれるはずです。

認知症予防の観点から見たピアノの位置づけ

ピアノ教室で仲間と談笑する高齢の生徒たち

ピアノで認知症予防ができるかどうかは、現時点でははっきりとは言えません。ただ、認知症のリスクに関する国際的な報告と照らし合わせると、ピアノの習慣が間接的に役立ちうる側面は見えてきます。

国際的な報告が挙げる14のリスク要因

医学誌ランセットの委員会は2024年の報告で、認知症の発症に関わる14の修正可能なリスク要因を示し、それらをすべて取り除けたと仮定すると、認知症の約45%が予防または先送りできる可能性があると推計しました。要因には、高血圧・糖尿病・喫煙などの生活習慣病に関わるもののほか、聴力低下、身体活動の不足、社会的孤立、未治療の視力低下などが含まれています。

この一覧に「楽器を弾くこと」は含まれていません。つまり、ピアノは認知症予防の柱というより、人と関わる機会を増やす、日々の活動量を保つといった健康的な生活の一部として位置づけるのが妥当です。

「認知予備能」という考え方

認知症の研究には、認知予備能(脳に変化が起きても、それを補って日常生活を保つ力の「貯金」のようなもの)という考え方があります。米国コロンビア大学のスターン(Stern)らが提唱したもので、教育や仕事、知的な活動、人との関わりなどを通じて、この「貯金」が蓄えられると考えられています。

認知予備能の考え方に立つと、大切なのは「ピアノという特定の楽器」よりも、新しいことを学び続け、頭と体を使い、人と関わる生活そのものです。ピアノは、楽譜を読む・指を動かす・音を聴く・先生や仲間と話すという要素を一度に含んでいるので、こうした生活を無理なく続けるための「入り口」として優れている、と考えるのがいちばん自然な位置づけでしょう。

ピアノ教室に通うことは「社会的なつながり」にもなる

社会的孤立がリスク要因に挙げられていることを考えると、ピアノを一人で弾くことに加えて、教室に通って先生や仲間と話す、発表会に出るといった人との関わりにも意味がありそうです。退職や子どもの独立で人と話す機会が減った方にとって、レッスンは週に一度の楽しみな予定にもなります。

人と一緒に演奏することの意味については、京都大学の積山薫氏らの研究も参考になります。楽器未経験の高齢者が4か月間、鍵盤ハーモニカのグループレッスンを受けたところ、言語記憶の成績が向上しました。ただし研究チーム自身が、効果が「楽器の練習」によるものか「仲間との交流」によるものかは、まだ区別できていないと述べています。裏を返せば、みんなで習い、一緒に音を出す時間そのものに意味がある可能性もあるということです。

\人と関わりながらピアノを習う/

▶先生や仲間と楽しめる音楽教室の体験レッスンを見る

聞こえ・見え方のチェックも忘れずに

ランセットの報告では、聴力低下と未治療の視力低下もリスク要因に挙げられています。ピアノを弾いていて「高い音が聞き取りにくい」「楽譜がかすむ」と感じたら、我慢せずに耳鼻科や眼科で相談してみてください。補聴器や眼鏡で聞こえ方・見え方が改善すれば、ピアノももっと楽しくなるはずです。

脳トレを意識した高齢者のピアノ練習メニュー

手拍子でリズムを取りながら楽譜を読むシニアの生徒

高齢者がピアノを脳トレとして楽しむなら、練習に「少しだけ難しい」課題を毎日入れるのがポイントです。簡単すぎても難しすぎても続きません。1日20〜30分を目安にした練習メニューの例を紹介します。

順番 練習内容 時間の目安 ねらい
1 指のウォームアップ(ドレミファソをゆっくり) 3分 指を温め、ケガを防ぐ
2 新しい曲の楽譜を2小節だけ読む 5分 楽譜を読んで音を探す
3 片手ずつ練習してから両手で合わせる 10分 左右の手の協調
4 手拍子でリズムを打ちながら歌う 3分 リズムと音程を同時に意識
5 弾き慣れた好きな曲を1曲 5分 楽しんで終える

ウォームアップから好きな曲で締めるまでの5ステップの練習メニュー図

新しい曲は「2小節ずつ」進める

新しい曲は、1日に2小節(数秒ぶん)だけ進めるくらいで十分です。少しずつでも毎日楽譜を読み、まだ弾けない部分に取り組むことが、頭を使う練習になります。1週間で8〜10小節進めば、1か月で短い曲を1曲弾き通せる計算です。

覚えて弾く「暗譜」にも挑戦してみる

楽譜を見ずに弾く暗譜は、メロディーや指の動きを記憶から引き出す練習です。いきなり1曲すべてではなく、最初の4小節だけを楽譜を伏せて弾いてみる、といった小さな挑戦から始めましょう。思い出せなかったら楽譜を見て確認し、もう一度挑戦する。その繰り返しも立派な練習です。

弾き終わりは必ず「好きな曲」で

練習の最後は、弾き慣れた好きな曲で締めくくりましょう。脳トレを意識しすぎて、毎回「できない」で終わると、ピアノそのものが嫌になってしまいます。「楽しかった」で終えることが、明日もピアノの前に座るための一番の工夫です。基礎練習の詳しい方法はピアノの基礎練習のやり方でも紹介しています。

はじめは片手・一本指でもかまわない|最初の1曲の選び方

楽譜が読めない、指が思うように動かないという方は、右手だけ、あるいは人さし指1本でメロディーをたどるところから始めても大丈夫です。高齢者向けのグループレッスンの中には、一本指で弾くことから始め、歌や手拍子と組み合わせて進める教室もあります。

最初の1曲は、メロディーをよく知っていて、使う音が少ない曲を選ぶのがコツです。段階ごとの目安を表にまとめました。

段階 曲の例 挑戦すること
1 片手でメロディー きらきら星、メリーさんのひつじ 右手だけでメロディーを弾く(ド〜ラの範囲で弾ける)
2 両手の入り口 かえるの合唱、ちょうちょう 左手で1小節に1回、ドやソの音を添える
3 両手で伴奏 ふるさと、赤とんぼ 左手で簡単な和音(ドミソなど)を合わせる
4 好きな曲 若い頃に好きだった歌謡曲や映画音楽のやさしいアレンジ 自分で選んだ「弾きたい曲」に挑戦する

片手のメロディーから好きな曲まで4段階で進むピアノ練習のステップ図

唱歌や童謡は「子どもっぽい」と感じるかもしれませんが、知っているメロディーは耳が正解を教えてくれるので、間違いに自分で気づきやすく、上達の手ごたえを感じやすい曲でもあります。段階1の曲が弾けたら、同じ曲に左手を足して段階2へ、というように、1曲を少しずつ育てていくのもおすすめです。

【一次情報を追加:シニアの生徒さんが最初に選んだ曲や、執筆者がおすすめする「最初の1曲」とその理由を1〜3文】

高齢者がピアノを脳トレとして続けるコツと注意点

練習カレンダーに丸をつける高齢の男性とピアノ

ピアノを脳トレとして生かすには、何よりも長く続けることが前提になります。研究でも数か月以上の継続を前提にしているものがほとんどです。続けるためのコツと、気をつけたい点をまとめます。

「脳トレ」より「弾きたい曲」を目標にする

「脳のために」という目的だけでは、練習はなかなか続きません。「この曲を弾けるようになりたい」という音楽そのものの目標を持つほうが、結果的に長く続き、頭を使う時間も増えます。60代・70代から始めた方の練習の進め方は60代からピアノを始めても遅くない理由と練習法が参考になります。

目安は「毎日30分を数か月」、そしてしっかり眠ること

どのくらい練習すればよいのか気になる方は、研究で使われた量が目安になります。2022年のJünemannらの研究では、ピアノ群は週1回1時間のレッスンに加えて、自宅で毎日30分の練習を6か月間続けていました。2013年のスペインの研究も、4か月間の毎日の練習を前提にしています。

いきなり毎日30分が難しければ、10分から始めて少しずつ延ばしても構いません。大切なのは、週末にまとめて長く弾くことより、毎日ピアノの前に座る習慣をつくることです。

もう一つ見落としがちなのが睡眠です。2023年のMarieらの研究では、音の高さの作業記憶の改善に、練習量とともに睡眠も関係していたと報告されています。夜遅くまで根を詰めて睡眠を削るより、日中や夕方に弾いて、夜はしっかり眠るリズムを意識してみてください。

痛みや疲れがあるときは無理をしない

指や手首、肩に痛みが出たら、その日の練習は中止しましょう。1回の練習は20〜30分程度にとどめ、長く弾く日も途中で休憩を挟むのが安心です。関節や持病に不安がある方は、始める前にかかりつけ医に相談してください。

「認知症が治る」などの宣伝文句には注意

教室や教材の広告の中には、「認知症が改善する」「脳が若返る」といった強い言葉を使うものもあります。ここまで見てきたとおり、研究で示されているのは一部の検査成績の改善であり、認知症の治療や確実な予防ではありません。強すぎる効果をうたう宣伝は、少し距離を置いて見るようにしましょう。

先生に習うと「ちょうどいい難しさ」を保てる

独学だと、易しすぎる曲ばかり弾いてしまったり、逆に難しすぎる曲で挫折したりしがちです。先生に習うと、今の自分に合った少しだけ難しい課題を出してもらえるので、頭を使う練習を無理なく続けられます。マンツーマンで自分のペースに合わせて習いたい方は、体験レッスンで相性を確かめてみてください。

\自分のペースに合わせて習える/

▶マンツーマンのピアノ体験レッスンを見る

シニア世代がピアノ教室に通うメリットはシニアからピアノを始めるメリットと上達のコツでも紹介しています。

ピアノと脳トレに関するよくある質問

電子ピアノの前で家族と話す高齢の女性

ピアノと高齢者の脳トレについて、ご本人やご家族から寄せられやすい疑問にお答えします。

電子ピアノでも脳トレになりますか?

楽譜を読み、両手を動かし、音を聴いて確かめるという点は、アコースティックピアノでも電子ピアノでも変わりません。ここまで紹介した研究でも、楽器の種類による違いは主な論点になっていません。住まいの事情や音量を考えると、ヘッドホンが使える電子ピアノは高齢者にとって続けやすい選択肢です。鍵盤の数は本物のピアノと同じ88鍵で、適度な重みのある機種を選ぶと、のちのち弾ける曲の幅が広がります。

音楽経験がまったくなくても大丈夫ですか?

大丈夫です。むしろ、紹介した研究の多くは楽器経験のほとんどない高齢者を対象にしています。初めて楽譜を読み、初めて両手を合わせるという体験そのものが、新しいことを学ぶ時間になります。最初は右手だけで知っているメロディーを弾くところから始めれば十分です。

ピアノを聴くだけでも脳トレになりますか?

音楽を聴くことにも楽しみやリラックスの効果は期待できますが、研究の結果は一様ではありません。2019年の研究では、自分で演奏した群のほうが音楽鑑賞の群より検査成績が大きく改善しました。一方、2023年の研究では、音楽鑑賞の講座に参加した群にも作業記憶などの変化が見られ、ピアノ群との全脳レベルの差は確認されていません。「聴く」と「弾く」はどちらが優れているというより、組み合わせて楽しむものと考えるとよいでしょう。

親にピアノをすすめたいときのコツは?

「脳トレになるから」「ボケ防止に」と伝えると、言われた側は年寄り扱いされたように感じてしまうことがあります。すすめるなら、「昔好きだったあの曲、弾けたら素敵だね」のように、音楽そのものの楽しみを入り口にするのがおすすめです。体験レッスンに一緒に行く、発表会を家族で聴きに行くといった関わり方も、続けるきっかけになります。

子どもの頃にピアノを習っていた人は有利ですか?

楽譜の読み方や指の使い方を覚えている分、再開したときに早く弾けるようになることはあるでしょう。ただ、脳トレという点では「有利・不利」を気にする必要はありません。研究で効果が報告されているのは、むしろ初めて楽器を学ぶ高齢者です。再開する方は、昔弾けた曲を懐かしむだけでなく、新しい曲にも少しずつ挑戦すると、頭を使う時間が増えます。

1日に何分くらい弾けばいいですか?

研究では「毎日30分程度を数か月」という設定が多く見られます。ただし最初から無理をする必要はありません。10〜15分から始めて、慣れてきたら20〜30分に延ばすのがおすすめです。指や手首に疲れを感じたら、その日はそこで終わりにしましょう。

まとめ:ピアノは高齢者の脳トレに「楽しく続けられる選択肢」

この記事では、ピアノと高齢者の脳トレについて、研究でわかっていることとわかっていないことを整理しました。冒頭の3つの疑問への答えは次のとおりです。

  • ピアノは脳トレになる?:高齢者を対象にした研究で、作業記憶や注意の検査成績が改善したという報告はある。ただし規模・期間は限られる。楽器を弾く人に認知症が少ないという追跡研究もあるが、因果関係はまだ不明
  • 認知症予防はできる?:現時点で「ピアノで予防できる」とは言えない。人と関わる・活動的に過ごすといった生活の一部として取り入れるのが妥当
  • どう練習する?:新しい曲を2小節ずつ、両手・リズム・暗譜に少しずつ挑戦し、最後は好きな曲で楽しく終える

ピアノは、薬のように効果を約束してくれるものではありません。けれども、新しい曲に挑戦し、人と関わり、音楽を楽しむ時間は、それ自体が毎日を豊かにしてくれます。ピアノを高齢者の脳トレとして取り入れるなら、効果を追いかけるより、まずは「弾きたい1曲」を見つけるところから始めてみてはいかがでしょうか。

▶ こちらの記事もあわせてどうぞ:60代からピアノを始めても遅くない!上達できる理由と練習法